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「緑区の音楽劇」とは

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 2001年6月に名古屋市緑文化小劇場がオープンした時、地域住民で結成した「緑文化小劇場開館記念実行委員会」は、音楽劇【鳴海潟物語-猩々】を記念公演の柱として制作しました。

 

 なぜ音楽劇を選んだのか? その理由は「緑文化小劇場」建設を求めた住民運動に参加協力した市民が、洋楽・邦楽・演劇・日本舞踊・ダンス・マジックと、様々な舞台芸術に関わっている人々であり、多種多様なジャンルの人が一堂に会して参加できる発表形態は音楽劇しかない!と考えたからです。

 

 まだ「音楽劇」という言葉自体が一般化していなかったので「音楽劇って何?」という質問によく答えたものです。劇のテーマとして緑区の祭礼の名物である「猩々」を取り上げることに決めて、脚本をむすび座の田中寛次氏に依頼しました。

 

 公募で集まったメンバーのほとんどが演劇未経験者。それでも演出の北原雅子氏の指導で、【鳴海潟物語-猩々】は、十分見応えのある音楽劇となり、大成功を収めました 。

 

 この成功に気をよくしたメンバーで「また音楽劇を作ろう」ということになり、そのための文化団体として「みどり文化芸術ネットワーク」が結成されました。3年に1度の「緑区の文化祭」開催、そのメイン企画は「緑区の音楽劇」というパターンが生まれたのです。

 

 「みどり文化芸術ネットワーク」は、結成に際して、地域住民の運動で建設された緑文化小劇場を、地域の文化を発信できる劇場に育てよう、と目標を掲げました。ゆえに音楽劇の内容にはこだわりを持ちました。

 

 作品の題材は、ネットワーク事務局のメンバーが、地域の歴史や文化を勉強して決めます。題材を決めてから脚本家に依頼するのです。このような形は珍しいそうです。そして多くの市民参加が可能な舞台演出も要求してきました。舞台経験者が増えれば、劇場がもっと市民に身近なものになるはずだから。

 

 一方で、市民劇とは言え、脚本・演出・舞台・音楽・衣装・音響など、演劇の核になる部分はプロに依頼し、舞台芸術として、質の高い作品をめざしてきました。本物を追求していかないと、地域文化の向上にはつながらないだろうと考えたからです。当然制作費はかさみますが、幸いなことに、鳴海商工会を始め、地域の経済団体や企業の皆さんが財政面で支えてくださいました 。

 

 おかげで2作目は、日本武尊の妻だった宮簀姫が緑区大高にいた伝説による【ミヤズとタケル】(2004年:菊本健郎氏脚本・演出)・3作目は松尾芭蕉と鳴海宿の人たちとの交流した事実を題材にした【元禄芭蕉絵巻-夢は鳴海をかけめぐる】(2007年麻創けい子氏脚本・演出)と、回を重ねる度に、出演者の演技も格段とレベルアップし、再演をリクエストされるほど好評を博しました。

 

 2011年の、有松と鳴海の絞商店の2家族を主役にした【みどりの宙を越えて】(なかとしお氏脚本・演出)で、初めて現代劇にチャレンジし、初めて生演奏で音楽を流し、主役も含めて全員がアマチュア=一般市民で演じ切って大きな拍手をもらいました。

 

 このように「緑区の音楽劇」は成長を続け、前作の2014年【ひいおじいちゃんのアルバム】では、名鉄自動車学校の構内が旧鳴海球場であったことを取り上げ、戦前、ベイ・ブルースらの大リーガーと日本チームが試合をやったほどの名門球場だったことを多くの人に知ってもらうことができました。

 

 そして今回、緑区の歴史で全国的に有名な桶狭間の戦いを取り上げます。さらにタイトルに「ミュージカル」をつけました。音楽劇ですから、今までも歌い・踊ってきたのですが、ミュージカルでは、その比重がグンと重くなります。キャストは今、身体能力と向き合って稽古に励んでいますので、必ずや「ミュージカル」の名にふさわしい仕上がりになるはずです。この市民劇が、地域の歴史文化に対して、さらなる愛着や誇りを持てるきっかけとなることを願っています。

 

みどり文化芸術ネットワーク会長                                   林 正敏

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